★ 宿命の涙。そして ★
<オープニング>

 銀幕市役所入り口。
 元々の住民に様々なスターと込み合うロビー。その入り口に、もう三十分ほど前からになろうか。一人の少女が立ち止まっていた。
 年の頃で言うと高校生くらいだろうか。ふわふわでクセのある栗色の髪を肩口まで垂らし、不安と期待を半分に混ぜたような表情で、何度も深呼吸をしている。
 ぽつり、と。聞き取れないくらい小さな声で、誰か人の名前を呼ぶと。少女は意を決したように歩き出す。膝上丈の黒いプリーツドレスがさらりと揺れる。
 少女は一直線に住民名簿観覧の窓口に行き、二、三、会話をして観覧手続きをする。
 小さくて細い、色白の手で名簿を進めていく少女。ピタリと手を止め、先ほどのように小さく深呼吸する。
 何度か深呼吸を繰り返し。落ち着いたのか僅かに震える手で次のページに進めた。
 七月六日。天気のいい昼前のことだった。


 落胆の顔で。少女は市役所の帰り道を歩いていた。
 少女は数日前に実体化したムービースターで。名前をゆかりといった。
 実体化してすぐにこの街の概念を知り、映画で同じだった親友を探して毎日市役所の名簿をチェックしていたのだ。
「……眞美ちゃん」
 呟いた名前は。探している親友。
 七月の六日。ゆかりと眞美にとって特別なこの日なら、と、ゆかりは期待していただけに、その落胆は大きかった。
 銀幕広場では、七夕を前にいくつもの笹が並んでいた。市民は勿論。七夕を知らないスターにも、七夕について説明し、短冊を配っている。
 その様子を見つめるゆかり。親友との出会いを思い出していたのだ。
「ふふっ」
 その時の事を思い出し、小さく含み笑いをしたゆかりに、その光景は映った。
「眞美ちゃ――っ!」
『もう。どうしてっ!』
 さらりと揺れる長い金髪は、目を奪われるほどに綺麗。その声の主は、ゆかりが捜し求めていた。逢いたくてやまなかった眞美だった。
『こう。かぼちゃって硬いのよ』
 しかし、それはスクリーンの中だった。広場に特設されたスクリーンに、ゆかりと眞美の出ていた映画が流れていたのだ。
『あ、私、変わるね。眞美ちゃんは玉ねぎ……』
 続いて映るのは自分。そこでゆかりは、はっと気がつき、無意識にスクリーンに伸ばしていた手を引っ込める。
 じわりと滲む涙。こんな仕打ち、ひどい。
 湧き上がる悲しみに別の場所に行こうとしたゆかりは、そこでその人ごみに気がついた。
 人ごみの中にはカメラなども何台もあり。中央付近では誰かがインタビューを受けている。
「――っ!」
 すぐに気がつくゆかり。
 話題の監督の新作映画発表。そのイベントで、監督の過去の映画についてのインタビューなどをしていたのだ。
 そして、その監督というのが、ゆかりの出ていた映画の監督だったのだ。
 湧き上がる感情が怒りだという事に、ゆかりは直ぐに気がついた。
 ゆかりの出身映画は、凄惨さを押したホラー映画だった。脇役を使って事件の凄惨さを表現したその映画の中で、ゆかりはその脇役だった。
 死ぬ為だけに生み出された存在。
 凄惨さを伝える為だけに生み出された存在。
 それが、ゆかりと眞美だった。
 湧き上がる怒りをどうにか押し込めたゆかりは、不愉快なこの場から立ち去ろうとした。が、誰かがゆかりに気がつき、一瞬にしてその場は騒ぎになった。
「な、なんと。登場人物のゆかりさんがムービースターとしてこの街に実体化していました」
 盛り上がったことに嬉しそうに、司会が喋る。
『眞美ちゃん……繋がらない』
 丁度流れていた映画のゆかりと、その場にいるゆかりを人々が見比べて周りと囁きあう。
 騒ぎになってしまい、帰るわけにもいかなくなったゆかり。そのゆかりを見て、監督が思い出したように、あーあー。と頷く。
 映画の方は、ゆかりと眞美の登場場面の終盤まで進み、殺し合いを強いられたゆかりと眞美が、どちらが生き残るかの問答をしている。
「おお。あの映画の脇役の」
 監督が嬉しそうに話す。そして必死に怒りを押し込んでいたゆかりに、監督は続けた。
「それで。殺した方はこの街には来ていないのか?」
『ゆかりぃ。うぇぇぇぇ。ゆかりぃぃ』
 スクリーンでは、ゆかりを殺した眞美の慟哭が映し出されていた。
 何かが。ゆかりの頭の中で弾けた。




追記。ゆかりと眞美の出演映画。その一部始終。

「もう。どうしてっ! こう。かぼちゃって硬いのよ」
 長い金髪の髪を揺らしながらかぼちゃに乗せた包丁に体重をかけて眞美は言う。
「あ、私、変わるね。眞美ちゃんは玉ねぎ……玉ねぎのみじん切り、は、嫌?」
 涙を流した笑顔で言うゆかり。
「いいのよ。こっちは私がやるわ。ゆかりはドジだからね、怪我しそうだし。怪我するよりは涙を流す方がいいでしょ?」
 ふふ。と笑って指の甲でゆかりの涙を拭き取る眞美。
 ハロウィンの日。眞美とゆかりの二人は一人暮らしの眞美の家で夕食を作っていた。
「うーん。でも眞美ちゃんが泣いてるのは見てみたいかなぁ」
 ふわふわでクセのある栗色の髪を弾ませて笑いながら、なんてね。と付け加える。
「私は、ゆかりの涙は見飽きたわよ?」
「うぅ……いつもいつも胸をお借りしてすみません」
 いたずらっぽく言う眞美にがくりとうな垂れてゆかり。顔をあげるとお互いに目があって笑い出す。
「ふふふ」
「あはは」
「キヒヒヒヒヒヒヒ」
「――!!」
 気が付いたのは二人同時だった。自分達以外の不気味な笑い声に、二人は同時にその方向を見る。
「やあやあお嬢さん。こんばんは。ハイ。コンバンハ」
 そこにいたのは可笑しなピエロ。空間を切り取ったように、何もない場所から身体の半分だけを出し、ひょこっと顔を覗かせて愉快そうに二人に話しかける。
「誰よ貴方!!? どうやって入ってきたのよ!?」
 眞美はゆかりの前に立って右手に持った包丁をピエロに向け、威嚇する。
「わお! 怖い怖い。でもお嬢さんならきっと簡単だね。うん。カンタンカンタン」
「眞美ちゃん……」
 眞美の後ろで不安そうに呟くゆかりの手を、眞美は空いている左手でぎゅっと握る。
「今すぐ。出て行きなさい! でないと警察を呼ぶわ」
「うーん。警察? 警察。うん警察! でも呼べないね。呼べないよ? うん。呼べない。はいどうぞ」
 テーブルに置いてあった眞美の携帯電話をピエロが掴んだと思うと、それが眞美の目の前の空間から急に出てくる。咄嗟に繋いでいた左手を離してそれを受け取った眞美は、お願い。と言って携帯電話をゆかりに渡す。
「眞美ちゃん……繋がらない」
 何度かけてみても繋がらない。試しに他の場所にかけてみたゆかりだが、まるで繋がらない。
「はい。いいかな? 今からお嬢さん達にはゲームをするんだよ。うん。ゲーム。楽しいタノシイゲームだよ」
 不気味なほどに口を歪めて喋るピエロに、二人は再び手を繋いでその話をただ聞いている。
「10分。うん10分だね。10分以内に、それぞれ誰かを殺そう。うん。それだけ。殺すだけ。たったそれだけでお嬢さんたちの勝ち。でもそうだね。誰も殺せなかった人は、ボクが殺しちゃうからね。うん。殺しちゃうよ」
「なっ……」
 絶句する二人。喋り終わったピエロはそのまま切り取られた空間に身体を戻していなくなる。
「それじゃあはい。ゲーム開始! 残り10分だよ。うん。10分」
 どこからかその声だけが響いてくる。
「ゆかり! ゆかりの携帯から警察に。変質者がきたって」
「あ、うん」
 ゆかりはテーブルにある携帯に飛びついてすぐにボタンを押す。が、しかし繋がらない。
「眞美ちゃん……どうしよう」
 泣きそうな顔で言うゆかり。幾つもの不思議を目の当たりにした二人は、これが冗談だと思うことは出来なかった。
「とりあえずゆかり! 外に出ましょう」
 玄関へと走る二人。眞美のその手には包丁が握られたままだった。
 玄関まで走ってきて、鍵を外し、勢いよくドアを押す眞美。しかし、鍵を開けたはずなのに何故かドアはビクともしない。
「嘘っ! 何で!? 何で開かないのよ!」
 ドンドンとドアを叩きながら叫ぶ眞美。
「残り8分だね。8分だよ」
 どこからか聞こえてくる愉快そうな声。
「ゆかり! こっち」
 ゆかりの手を引いてリビングへと戻る眞美。
 リビングに入り、ベランダの窓を開けようとする。が、何故か窓も開かない。
「なんなのよ!!」
 椅子を持ち上げて窓に投げつける。が、しかしそれでもビクともしない。
「なんなのよ……これ。どうしろっていうのよ……」
「眞美ちゃん」
 いつもより少しだけ優しいゆかりの声に、眞美はゆっくりと振り向く。
 ゆかりは愛しそうに眞美を見た後、優しく微笑んで言う。
「いいよ。私を殺して」
「――っ」
 一瞬の十倍くらいだろうか。眞美は言葉を失ってゆかりを見た。
「残り5分だね。そろそろ危ないよ? うん。危ないよ」
 その声にはっとして眞美は言う。
「何言ってるのよゆかり。馬鹿なこと言ってないで考えよう」
 そう言って手に持ったままだった包丁を投げ捨ててゆかりの肩に掴みかかる。
「馬鹿なことじゃないよ。どっちかしか生きれないなら、眞美ちゃんが生きて」
 笑顔だけど、真面目な声で言うゆかりに、眞美も気が付く。きっとこれは冗談とかそういう類のものじゃない。と。
「……嫌よ。死ぬなら私。ゆかりが生きて」
 お互い。相手を殺して自分が生きるなんて出来なかった。
 眞美は投げ捨てた包丁を拾ってゆかりに握らせる。
「ほら。怪我するよりは涙を流す方がいいでしょ? 大丈夫よ。私は平気だから」
 くしゃっとした笑顔で眞美は言う。それを聞いてゆかりは笑顔のまま涙を流す。
「……ううん。だめ。眞美ちゃんが私を殺して」
「嫌だよ。ゆかり……。嫌だよ、そんなの」
 ゆっくりと。ゆかりは眞美の手を開いて包丁を握らせる。そしてその上からぎゅっと自分の手を重る。
「きっと、生きる方が辛いと思う。だから私は……辛い事は眞美ちゃんに押し付けるの」
 あはは。と笑ってゆかりは言う。そして笑顔のまま眞美の顔を覗きこんで続ける。
「……だめ、かな?」
 辛いのはゆかりも同じ。だから眞美は笑顔で言った。
「いいよ」
「残り2分。いよいよ危険だよ。危険。危険。キケン。きけ――」
 ――クチャッ。
 不思議な音が、全てをかき消してその場に響いた。
 膝をついて倒れるゆかり。紅く染まった包丁を握り締めて立ち尽くす眞美。
「まみ……ちゃ……ん」
 今にも途絶えそうなその声に、はっとして眞美は慌てて包丁を捨ててゆかりを抱き起こす。
「ゆかり! ゆかり。ゆかりぃ……うぁぁ。私」
「あ……は、は。眞美ちゃんの涙、初めて……見た」
 ゆかりは震える腕を上げて、眞美の涙をそっと撫でる。
「私の為に、泣いてくれるの……嬉しいな。でも、泣かないで……」
「うあぁ。無理だよぅ。ゆかり。ゆかりぃ」
 止め処なく溢れる涙に、眞美はしゃくりをあげながら言う。
「……うん。知ってる。大好きだよ。ま……み、ちゃん」
 だらりと。腕が落ちる。
「ゆかり……? 私も大好きだよ。ゆかり! うあぁぁぁぁ」
 泣き叫ぶ眞美の声に割り込むように。どこからか声が聞こえる。
「おや? どうやらクリアしたのは一人みたいだね。キヒヒヒヒ。愉快だね。うん。ユカイだね」
「ゆかりぃ。うぇぇぇぇ。ゆかりぃぃ」
 宿命られた涙を流しながらの慟哭は、いつまでもいつまでも終わる事はなかった。

種別名シナリオ 管理番号608
クリエイター依戒 アキラ(wmcm6125)
クリエイターコメントこんにちは。依戒です。
シナリオのお届けにやってまいりました。

ええと。まず最初に。
このシナリオは、過去の私の納品シナリオ
「【万聖節前夜祭にて】宿命の涙」に関連しているシナリオになります。
と、言いましても。物語テーマや登場NPCの出身映画やが同じ。くらいですかね。
前回のシナリオを読んでいないと分からない。というわけではありません。が、背景などは分かりやすくなるかな。程度です。


さて。それではシナリオの説明を。

監督の言葉に我慢が抑えきれなくなったゆかり。
何かするかもしれません。といっても、何を持っているわけでもないですが。

プレイングに関しては、かなり色々な方向に伸ばすことが出来ると思います。
偶然居合わせて、監督やゆかりに物申したい。等、七夕に何を願おうかな。等。
わかりやすいテーマがどんと腰を据えているので、テーマに関してもいいかもですね。
そのほかも、勿論様々なプレイング大歓迎ですので。色々考えてみてくださいまし。

OP中に出てきた「眞美」については、前回の「【万聖節前夜祭にて】宿命の涙」に登場したNPCで、銀幕市に実体化はしております。

本作品は、7月6日に起こった出来事として描き、また、7月6日に公開予定です。

OPの最後に載せたのは、ゆかりと眞美の出身映画の一部始終です。こっちに載せようかともおもったのですが、長いのでオープニングの場をお借りしました。
シナリオのオープニングとしては、追記。より前の部分です。


それでは、興味が沸きましたらご参加くださいませ。
みなさまの素敵なプレイングをお待ちしております。

参加者
青宵(cfxu7869) ムービースター 男 22歳 “帽子屋”
シャノン・ヴォルムス(chnc2161) ムービースター 男 24歳 ヴァンパイアハンター
清本 橋三(cspb8275) ムービースター 男 40歳 用心棒
榊 闘夜(cmcd1874) ムービースター 男 17歳 学生兼霊能力者
ゆき(chyc9476) ムービースター 女 8歳 座敷童子兼土地神
<ノベル>

 許せない。
 この街に実体化して、その仕組みを理解した瞬間から。ゆかりはずっと、自分の映画を作った人達に対してそんな感情を持っていた。
 どうしようもないことだというのは、ゆかりには分かってた。
 自分たちの例のように、何かを伝える為の演出が、映画や物語には必要だというのは分かっていた。
 分かっているけれども。割り切る事は出来ても、耐える事は出来ても。湧き上がる感情を消す事など出来ない。それもまた、どうしようもないことだった。
 市役所からの帰り道。だから広場で自分の映画の監督に会った時、ゆかりの心は震えた。
 許せない。と。
 心を侵食していく激しい感情に、けれどもゆかりは耐えていた。
 そう。分かっているのだ。自分の怒りは、ただのエゴ。
 何も監督が悪い事をしている訳ではない。ただ映画を作っただけ。
 だから具体的にどうこうするつもりなんて、ゆかりには無かった。
 自分が耐えればいいだけ。そう思っていた。
 ――けれど。
「それで。殺した方はこの街には来ていないのか?」
 監督のその言葉で、何かが弾けた。
 瞬間的に全ての思考が絶たれ、おかしなくらいに心臓が強く打つ。
 激しい動悸に息が乱れる。頭を支配しているのは怒りか、憎しみか、悲しみか、苦しみか、悔しさか。どれなのか、どれが一番強いのか、ゆかり自身まるで分からない。
「――!」
 ――お前に、お前なんかに。
 ――お前なんかに、眞美ちゃんの気持ちなんて分からない。
 ただそれだけを言いたかったのに、ヒューヒューと喉は言葉を紡がない。
 気がつけばゆかりは目から涙を流していた。
『ゆかりぃ。うぇぇぇぇ。ゆかりぃぃ』
 スクリーンに映し出される眞美の慟哭。それがゆかりには痛くて。苦しくて。
 泣かないで。泣かないで。と。
 どんな気持ちで眞美がゆかりを殺したのか。それがゆかりには痛いほどに分かるから、監督のその言い方は我慢する事が出来なかった。
「……おまえ、な……んか、にっ!」
 震える言葉で。一語、一語。ゆっくりと。
 きっ。と監督を睨みつけたゆかり。しかし、その視界は突然に黒に阻まれた。
 それはタキシードの黒だった。
 ゆかりをその背に庇うように。タキシード姿の青年がゆかりと監督の間にすっと立ったのだ。
 突然の事に驚くゆかり。しかし驚いている暇もなく、今度は誰かに手を掴まれた。見ればそれは小学生くらいだろうか。雛人形のような少女。
 その気配に顔で振り向いたタキシードの青年は、一瞬だけ驚いたような顔をしたが、次の瞬間にはにこりと笑って少女に話しかける。
「これはこれは。勇気あるお嬢さんだ。ではそちらはお任せします。私は、デリカシーの無いあの方に少々怒りを感じていましてね」
「うわああぁぁぁぁ」
 タキシードの青年の言葉とほぼ同時。突然監督が座っている椅子から転げ落ちて大きな声で叫びだす。
「……おや? どうやら、他にも怒りを感じていた方がいるようですね。さぁ。今のうちに」
 見ると広場にいた人達は、突然叫びだした監督に注目している。この場を離れる絶好のチャンスに、少女はこくりと頷いてゆかりの手を引いて走りだす。
 ゆかりは展開が分からずに、それでも引かれた手に倣って走り出した。


 短冊を飾ろうと、ゆきは銀幕広場に来ていた。
 気がつけばそこで流れていた映画を、無心に見ていた。
「悲しい映画じゃのぅ」
 横で作業をしていた着流しのボランティアスタッフが知った顔だったからか、それは呟きとなって声になった。
 ぴくり。一つ眉を動かして、着流しの男は顔をしかめる。
「……あれは」
 その言葉と同時に、急に辺りが騒がしくなる。ゆきが見ると、どうやら映画の中の登場人物が現れたようだった。ゆかりという。可愛らしい女性だった。
 不安そうに、ゆきは成り行きを見る。
「それで。殺した方はこの街には来ていないのか?」
 いけない。
 監督のその言葉に様子の変わったゆかりを見て、ゆきはゆかりに向かって駆け出す。
 彼女が今何をしようとしても、誰かを傷つけてしまうかもしれない。だからまず、落ち着かせないと。そんな思いでゆきは、何か口にしていたゆかりの手を取り、混乱に乗じてその場を離れたのだった。
 広場を離れた二人は、近くの公園に来ていた。
 ベンチに座り、顔を伏せたままのゆかりに、ゆきは少し戸惑っていた。
 歯の軋む音が聞こえるほどに、ぎりぎりと口を噛み。ただでさえ白いその手が余計に白くなるほどに、ぎゅうと握り締め。伏せたその目からは、いくつも、いくつも。銀色の雫がたれ落ちる。
「あの。あり、がとう……。あのままだったら、私」
 十数分は経ったろうか。次第に心を落ち着けたゆかりが、ぽつりぽつりとゆきにお礼を言う。
「あの、えっと……」
 言葉を迷うゆかりに、ゆきは微笑んで答える。
「ゆき、じゃよ。おぬしと同じ。ムービースターじゃ」
 着物、綿入れ、おかっぱあたまのゆきは。映画『福来町幸せ壮の住人達』から実体化した座敷童子のムービースターだ。
「ムービー、スター……」
 呟くようにその言葉を繰り返すゆかり。はっと気がついて、続ける。
「あ、私は――」
「ゆかり。じゃろ。広場での映画、わしも見ていたんじゃよ」
「…………そう、だったんだ」
 言葉は、続かない。ゆきもゆかりも、お互い何かを考えている。
 ――ザッ。
「ここにいたか」
 砂を踏む音に少し遅れて、声。ゆきとゆかりが同時に顔を上げる。
 そこには、人目を引く、長く綺麗な金髪。
 瞬間的に目を丸くするゆかり。だが、次の瞬間にはふるふると頭を振る。
 分かってる。違う。
 目の前に現れた男を見て、ゆかりは自分を叱咤する。
 黒ジャケットにスラックス。長い金髪を後ろで一つに纏めた。それは男だった。
 ゆかりの探し人と似た所なんて、長く綺麗な金髪しかない。声だって全然違う。
 それなのに、その金髪が目に入っただけで、ゆかりは眞美の姿を頭に描き、胸が高鳴った。
 こんなにもゆかりは、眞美を求めていた。


 見覚えがある。
 シャノン・ヴォルムスが足を止めたのは、記憶に残るその顔だった。
 やけに込み合っている銀幕広場。そのスクリーンに映る二人の少女に、シャノンはどこか見覚えがあった。
 ああ。ピエロの娘と幽霊の娘。
 大した時間もかからずに、すぐに答えを導き出したシャノン。前のハロウィンの時だったか。シャノンは同じ場所で、その二人の少女に会っていた。
「成る程な」
 特設されたステージや何台ものカメラ。そしてスクリーンに映る映画。状況を理解したシャノンは、立ち止まって少し見ていくことにした。
 杞憂であればいいのだが。
 シャノンは、あの映画の登場人物の一人である眞美という少女が、銀幕市に実体化していて、そしてそこにいる監督を心底憎んでいることを知っていた。
 ハロウィンの時の事件は解決したし、もうあんな事件は起こさないだろうとは思っていたシャノンだったが、用心するにこしたことはないと、集まっている人々の中に眞美がいないかどうかを見ていた。
 そしてそこで、スクリーンを見上げるゆかりを見つけた。
 何故。それを考えるよりも早く、周囲が賑やかになる。ゆかりの存在に、周りが気付いたのだ。
「それで。殺した方はこの街には来ていないのか?」
 監督のその言葉に、顔色を変えたゆかり。
「……拙いな」
 様子の変わったゆかりを見て、シャノンが呟く。
 感情に任せた行動は良い結果を生まない。それどころか、タダの人間に危害を加えた場合は下手をすれば排除されるだろうし、スターに対しての心証も悪くなる。
 そのことを十分に知っていたシャノンは、ゆかりが何かの行動を起こす前に止めようと思い動いた。が、同時に動いた幾つかの影を見て動きを止める。
「わああぁぁぁぁ」
 監督が叫び声を上げ、椅子から転げ落ちる。その様子に周囲の注意が向き、その隙にゆかりが手を引かれて走り去っていく。
 もう一度、監督に目を向けるシャノン。監督は怯えたように転がった椅子を身体の前に盾にして振るえている。
 一刻前にゆかりと監督の前に割って入ったタキシードの男の仕業だろうか? と、そこまで考えて、シャノンはその考えを自らで否定した。
「いや、違うな……。あっちか」
 そして隅のほうから監督を見ている一人と一匹が目に入る。
 大きな体躯で無表情に監督を見ている一人と、鉄色の毛でいたずらっ子の様な笑みで監督を見ている一匹。
「そういえば、あいつらもあの二人を知っていたな……」
 ハロウィンの事件の時に同じ事件に関わった一人と一匹を見ながら小さく呟き、シャノンは去ったゆかり達を探す為にその場を後にした。
 銀幕広場から出てすぐに、広場から少し離れた公園でベンチに座る二人を見つけたシャノン。驚かせない為にわざと足元で砂を鳴らしてから声を掛ける。
「ここにいたか」
 その声にシャノンを向く二人。ゆかりの目が不自然なほどに見開く。
「シャノン」
 ゆきのその声に、はっとしてゆかりが目を伏せる。そして寂しそうに小さく笑った。
「あの場から連れ出したのはいい判断だったな。ゆき」
「心を落ち着けるのが、必要だと思ったんじゃよ」
 誰かを傷つけてしまうのは良い事ではないし、何よりもゆかりもそれも望んでいないと、ゆきは思っていた。
「ああ。そうだな」
 ゆきからゆかりに視線を変え、シャノンは続ける。
「……運が悪いとしか言い様が無いな。俺達スターは生み出された存在だから監督を選べない。高尚な人間ばかりでないと言う事だな」
 顔を伏せたまま、小さく頷くゆかり。自分の為に何かをしてくれた三人を思い、思わず涙腺が緩む。折角収まった涙が、また滲んでくる。
「下衆な奴の言う事など気にする必要は無い……と言いたい所だが、そうもいかんか。抑えられる想いでは、ないのだろうな」
 だが。そうシャノンが続けた時、ゆかりが割って入る。
「うん。わかってる。どうにもならないって。私の為にも、他の人達の為にもならないって」
「ああ。どの様な感情を抱こうが、映画の中での結末は変わらないのだからな。まあ、多少脅かす程度をして溜飲を下げられるというのならば、とは思ったが、俺が動くまでもなかったようだしな」
 そこまで言って、シャノンはふっと笑うと、ゆきとゆかりに背を向けて歩き出す。
「思っていたよりも平気そうだな。さて、俺は行くぞ。少しやる事が残っているのでな」
「……あ!」
 背を向けて歩き出すシャノンを、ゆかりは呼び止める。半身で振り返るシャノン。
「ありがとう」
「いや。俺は何もしていない。…………まだ、な」
 そう言って、シャノンは身体ごとゆかりに向きなおす。
「映画で不幸な結末を辿ったのならば、此処でもその様な結末を迎え無くて良いだろう」
 うん。と、ゆかり。
「ゆかり……と言ったか、お前には選ぶ権利がある。幸せを掴み取れるだろう道か、それとも破滅へ向かう道か。選択肢があるだけ充分だろ。選ぶ事が出来るのはまだマシだからな。どちらを選ぶのかは見ものと言う奴だろうが」
 そう言って、シャノンは再び背を向けて歩き出す。
「この街は」
 シャノンの姿が消えた後、ゆきが小さな声で言った。
 そしてゆきの顔を向いたゆかりに、ゆきは続ける。
「いい街じゃよ」
 ゆきが最初にこの街に来たとき、ゆき自身に不安や混乱は勿論あったけれども、今までとあまり変わらないと思っていた。
 それはゆきが長い時を生きて、沢山の別れを迎えながら様々な所を流れてきた経験からのもので、銀幕市に来たときも、今までのと同じだと感じていたからだった。
 自分は結局置いていかれる立場なのだと。
 しかし銀幕市で新たな友人や知り合いが出来て、完全に寂しさが消えたわけではなかったが、それらはかなり薄まっていった。
 そんな銀幕市での生活の中、同じ映画出身の友人にこの街で再会して、改めて、自分がどれだけ友人に救われていたのか気付いた。
 永い時を生きる虚無感も、同じく長い時を過ごす友人がいたからこそ癒されていたのだと。
 だからこの銀幕市で友人と再会したとき、ゆきは心の底からに嬉しさを感じたのだ。
 そしてその思いを、ゆきはゆかりにも知って欲しかった。
「……うん。まだこの街に来てから長くないけど、そんな、気がする」
 何一つ、言葉にして語らったわけではないゆきの思いは、けれども、なんとなくではあるがゆかりには伝わっていた。
 ゆきがどれだけこの街を思い、そして自分を思ってくれているか。
「……」
 言葉なく。ゆきは笑顔を返す。
 きっと、ゆきと友人の関係と、ゆかりとゆかりの友人の関係は違うものなのかもしれない。
 それでも、どこか重なる部分がゆきには感じられて、だからだろうか。どうにも放っておくことが出来なかったのだ。
 うん。そう答えた微笑んだゆかりを見て、ゆきはよかった。と心の中で呟いた。


「なァ、闘夜。あれ見てみろよ」
 鬼躯夜のその声に、榊 闘夜は軽く溜息をついた。
 闘夜は鬼躯夜の指した方向を見たくはなかった。何故かと言うと、面倒なことになるのが目に見えているから。
 だからといって無視していると、鬼躯夜は闘夜が見るまで騒ぐ。
 だから闘夜は、不本意ながら鬼躯夜の指す方向を見た。
「……!」
 瞬間。眉をひそめ、明らかに拒絶の顔の闘夜。予想通りの闘夜の反応に、鬼躯夜は腹を抱えて思いっきり笑う。
 その鬼躯夜を無言のままに殴りつける闘夜。闘夜の傍にぷかぷかと浮かんでいる鬼躯夜は、闘夜に憑いている狼の霊だ。普通の人間には、闘夜があること≠しないと姿が見えないし声も聞こえないので、はたから見ると闘夜のそれは変な行動だが、闘夜はあまり気にしない。
 闘夜が見た先。それは銀幕広場のスクリーン。
 そこには、眞美の姿が映し出されていた。
 闘夜は眞美と面識があった。しかしそれは、面倒そうな頼みごとをされそうになったり、昼寝している所を起こされたりと、闘夜の中で眞美は、面倒な人間の評価が下されていたのだ。
 しかし今回はスクリーンに映画として映っているだけ。そう闘夜が考えていた所に、周囲が騒ぎ出した。声を辿ってみると、そこにはゆかりがいた。
「お。また実体化したのか」
 そう言ったのは鬼躯夜だった。
 騒ぎが大きくなるのをじっと見ている闘夜。その闘夜を見る鬼躯夜。
「それで。殺した方はこの街には来ていないのか?」
 ピク。
 成り行きを見ていた闘夜の表情が、ほんの少しだけ変化した。それは闘夜をあまり知らない人から見れば、どう変化したのか分からないくらいの変化だったが、鬼躯夜や、ごく近しい友人達から言わせれば、結構な変化。
 闘夜はおもむろに耳の大量のピアスの内の一つを外し、それを鬼躯夜に渡す。
「視野を広げる=v
「そうこなくっちゃな」
 嬉しそうにピアスを受け取り、なにやら細工を始める鬼躯夜。
 誰の? なんで? などと聞かなくても、鬼躯夜には闘夜のしようとしている事は分かっていた。
 作業を終えた鬼躯夜からピアスを受け取った闘夜。ピアスを指に乗せ、親指で弾いたそれは、誰に気付かれることなく監督の襟元に落ちていく。
「わああぁぁぁぁ」
 途端。監督が叫び声をあげて椅子から転げ落ちる。
 その様子を周囲の人々が呆然と見ている。
「ひひひ」
 椅子を盾にして震える監督を、笑いを堪えて見る鬼躯夜。
 突然に叫び声をあげて怯えだした監督。単にピアスが肌に触れて驚いたとか、そういうことでは勿論なかった。
 監督には今、普段とはまるで違う世界が見えていた。
 それは闘夜にとっては日常の世界。居るが実体のないもの≠ェ、今の監督には見えている。端的に言うと、幽霊、死霊といった類のものが今の監督の目には見えるようになっているのだ。
 それらの効果は鬼躯夜が細工したピアスの効果によるものなのだが、何故ピアスがこんな効果を持っているのかというのは、そもそもこのピアスは闘夜の霊力の抑制制御装置なのだ。耳にある大量のピアスは、そのすべてが闘夜の力の受け皿になっている霊具であり、様々な使い方ができるのだ。もっとも、その辺りのことは闘夜には壊滅的に不得手であり、細工が必要な際は鬼躯夜が闘夜のかわりに細工をしているのだが。
 今回は、闘夜の力の本質である、人の世にその他のモノを引きずり込む、仮初の体を与えるという性質を利用したのだ。
 銀幕市にきてからは、何故だかこの性質は闘夜のロケーションエリアの効果となったのだが、もとの世界では常に発動している闘夜の本質なのだ。
 必然的に、善悪とかそんなものは一切無視して人間の世界に居たい死霊を呼び寄せることになるので、それを防ぐ為に力を抑えているのだが。今回はそれを利用したのだった。
「く、くるなぁ」
 監督は震える足で立ち上がろうとするが、へなへなと腰を抜かしたように再び座り込み、そのまま身体を引き摺って後ずさる。
「まァ、アレだアレ。ちったァ、リアルな映画が撮れますようにってササヤカなアドバイスって奴だよ。なァ?」
 鬼躯夜が闘夜に向かって言う。ひひひ。と声も顔も、さも愉快そうだ。
「大したことじゃない」
 ただ見えるようになるだけ。と、闘夜。
 基本的に面倒ごとの嫌いな闘夜。闘夜は普段、誰か見知らぬ人に直接自分の関係ないことで物申したりはしない。その類のことは、どの道、友人たちがやるだろうし、と。
 しかし闘夜は思ったのだ。不愉快と。監督を見て。
「ひいぃぃ」
 特設ステージの隅の壁に頭を押し付けてぶるぶると震える監督を見て、鬼躯夜は言う。
「しっかし、ホラー映画の監督のくせして、張り合いねぇの……ん? あらら。監督もヒサンだな」
 震える監督に近づいていくタキシードの男を見て、鬼躯夜が付け加える。
 タキシードの男は現在何をしている訳でもなかったが、これから監督に何かをするというのがはっきりと分かるくらいに、迷いなく監督の傍へと歩んでいた。
「どこ行くんだ闘夜? 面白くなりそうだぜ」
 その光景に背を向けて歩き出した闘夜に鬼躯夜が訊ねる。
「知らせに行く」
 誰に? 何を? 相変わらず言葉足りない闘夜の台詞だったが、付き合いの長い鬼躯夜はすぐに察する。さっき混乱の最中、手を引かれていったゆかりに、眞美の事を知らせに行くつもりなのだと。
 動機は恐らく、面倒を回避する為。あの二人が銀幕市で会えたならば、面倒なお願いをされることもないだろうし、昼寝中に起こされることもないだろう、と。
「……っくく」
 しかし闘夜は気がついていただろうか? 闘夜のその行動こそが、鬼躯夜が望むもっとも面白い展開なのだということに。
 闘夜の背を追いながら、気づかれないようにそっとほくそえむ鬼躯夜だった。


 青宵(せいしょう)がその遣り取りを見かけたのは、彼が偶々その場を通りかかった時だった。
 突然湧き上がった歓声に、何事かと目を向けると、一人の少女が注目を浴びている。ゆかりだ。
 見ると、スクリーンの中にも同じ少女。
 なるほど。青宵はすぐに理解した。
「おお。あの映画の脇役の」
 嬉しそうに話す監督。
「……やれやれ」
 呆れて。青宵は小さく呟く。何故監督は気がつかないのだろうか。何かを耐えているゆかりの表情に。
「それで。殺した方はこの街には来ていないのか?」
 ピクリ。
 穏やかな笑みを浮かべていた眼鏡の奥。切れ長の銀の瞳が僅かに反応する。
 緩やかな。でもそれは、怒り。
 スクリーンを見れば、そこに映る二人の少女の絆というものは簡単に見て取れる。それほどの強い絆。それなのに、ゆかりの心の傷を抉るようなデリカシーのない物言いの監督に、青宵は怒りを感じたのだ。
 すぐに青宵はその場を移動し、ゆかりを背に庇うように監督とゆかりの間に立ちふさがる。
 同時に、背後で動く気配を感じて青宵は振り返る。

 そこでは、驚き顔のゆかりよりももっと小さな少女。雛人形のような少女がゆかりの手を取って何処かへ連れて行こうとしていた。
 その少女に悪意的なものを一切感じなかった青宵は、安心させる為ににこりと微笑んで少女に話しかける。
「これはこれは。勇気あるお嬢さんだ。ではそちらはお任せします。私は、デリカシーの無いあの方に少々怒りを感じていましてね」
 青宵がそう告げたのと同時に、監督の様子に異変が起こる。突然叫びだしたのだ。
「……おや? どうやら、他にも怒りを感じていた方がいるようですね。さぁ。今のうちに」
 ちらりと監督を見やる青宵。監督のその異変に作為的なものを感じた青宵は、人々が監督に注目している今のうちにと少女に言い、その言葉どおりに少女は頷いて駆け出す。
 再び、異変の起きた監督に目を向ける青宵。監督は倒れこんで何かに怯えるように震えている。
 その監督の怯える様に、仕置きとしては十分なものを感じた青宵だったが、直接言いたい事もあったので、特設されたステージへと歩いていく。
「貴方も体験してみるといい。愛するものに刃を突き立てなければならない……その、地獄を」
 監督に向かって手をかざし、言い放つ青宵。途端、監督の目が見開かれる。
 青宵は、監督に幻影を見せていた。それは監督が監督の大切な人を、自身が望んでいないにも関わらず、強制されて相手を殺してしまう幻影。
 シルクハットにタキシード姿の青年に見える青宵。しかし彼は、現代FT映画『Kaleidoscope』から実体化した、『Traumerei』と呼ばれる強力な力を持った12枚のカードの1枚で、鏡≠司る『帽子屋』のカードなのだ。
 先ほどの力は、模写と呼ばれる青宵の技能で、同じ『Traumerei』の1枚である精神≠司るカード『チェシャ猫』の力を模写し、監督に幻影を見せたのだ。
「やっ。やめろ!! 嫌だ……嫌だ。やめろぉ!」
 ぶんぶんと腕を大きく振り回して拒絶を示す監督。
 死霊の世界で大切な人に刃を向けている幻影を見ているのだ。
「や、やめろおぉ」
 暴れた後に、涙を流してその場にうずくまる監督。呆然と、辺りの人々は監督を見やる。
「うぅぅ」
 静まった銀幕広場に、監督の呻き声だけが響く。
 時間にして数分だったろうか。闘夜の放ったピアスが、その霊力を失い風化する。監督の目から死霊の世界が消え、同時に青宵も見せていた幻影を解く。
「…………」
「大切な方を殺してしまった感想はどうでしたか?」
 うずくまる監督の前に立ち、青宵が言い放つ。
「……」
 返る言葉無い。
「自分の映画からムービースターが実体化したのが嬉しかったのですか? 貴方は、嬉々として言った」
「…………」
「なんと言ったか、覚えていますか? 同じ事を、私が言ってあげましょうか?」
 辛辣な、青宵の言葉。監督の言葉は無い。
「死んだ方は、ここに来――」
「……やめてくれ」
 青宵の言葉に重なるように、監督の声。悲しみを押し殺す、僅かに震えた声。
「すまなかった」
 静かに、監督は言った。
「それは、私が聞くべき言葉ではありませんし、私に言うべき言葉でもありません」
 監督の様子に反省の色が見えたからか、青宵はそれ以上は言わず、監督に背を向けて歩き出す。その背に、監督が言う。
「今、私が行っても、彼女を刺激してしまうだけだろう。機を見て、謝りに行こうと思う」
 青宵は背を向けたまま立ち止まり。
「そうですか」
 そう呟いて、再び歩き出した。


 ――それは、遠い記憶。
「七月六日。七夕の前日。この日は眞美ちゃんと私の日にしようよ」
 ゆかりと眞美、二人の出会いの日の記憶を、ゆかりは思い出していた。
「なぁに、それ? もしかして私たち、一年に一度しか逢えないの?」
 ふふっ。と。いたずらっぽい笑みで返すのは眞美。
「ううん。一年に何度も何度も逢うけど。この日だけは、絶対に逢うの。曇ってても雨でも嵐でも、何処にいても」
 そこまで言って。ゆかりはすう、と息を吸い、自分の胸、心臓の辺りにトンと手を置いて続ける。
「――ここに眞美ちゃんが」
 トントン。と、次は眞美の胸を軽く指先で叩いて。
「――ここに私がいるかぎり」
 驚いたような顔をしていた眞美。しかしその顔はすぐに微笑みにかわると。
「素敵ね」
 そう、優しい声で呟いた。
 見上げた空。闇の落ちてきた空では。
 名前も知らない星が二つ。
 綺麗に輝いていた。
 ――それは、幸せの記憶。
「眞美……ちゃん」
 追想に、思わず声が漏れるゆかり。隣に座るゆきが、その切なげな声に心配そうにゆかりを見る。
 二人はまだ公園にいた。大した遊ぶ遊具もない小さな公園。公園内には二人以外の姿はなく、まだ昼を過ぎたばかりだというのに辺りは静かだった。
「今日ね」
 意図的に作ったようなカラリとした声で、ゆかりは言った。
「眞美ちゃんと私の、特別な日なんだ」
 眞美ちゃんとは誰かなどの説明も無いまま、ゆかりはどんどんと声に出していく。誰かに説明するというよりは、自分に話しかけるようだった。
「何処にいても、この日だけは絶対にあおうって、約束したんだ」
「…………」
 なんという言葉が、ゆきに言えるだろうか。
「毎日ね、市役所の住民票を見ても。眞美ちゃんの名前は無くって。でも、今日だけは。大丈夫だって……何でだろうね? 思っていたの……」
 ベンチに座ったまま身体を折って泣くゆかり。その背を優しく撫でるゆき。
「思ってたのにぃ……」
 静かな、でもそれは慟哭。
「確か……眞美という名前」
 突然の声。ややぶっきらぼうなその声に眞美という名前を聞き、ゆかりははっとして顔を上げた。ゆきとゆかりの座るベンチの数メートル前。そこにはいつの間にか闘夜が立っていた。
「え……」
 目を見開き、ゆかりは返す。大切な人の、名を聞いたと。
「寝ているところを……三度、邪魔された」
 その時の事を思い出し、眉をしかめて闘夜は続ける。
「……聞いていないのに、勝手に何か喋っていく。住民登録をしていないから、生活が大変だ…………とか」
「――っ!!」
 あげそうになった声に右手で口を抑えるゆかり。
「ゆかりと一緒に住民登録をするんだって……嬉しそうに、言ってた」
「……ぁ……ぁっ!」
 片手で駄目なら両手で。それでも声は漏れる。ぼろぼろと、その手に涙が伝い、こぼれて砂に染みを作る。
「会わなくていいのか?」
 しっかりとゆかりを見据え、闘夜。
 嗚咽で声など出せないゆかり。そのかわりに何度も、何度も。ふるふると首を振っていた。
 落ち着いたゆかりに、闘夜は少し時間がかかるが、霊力を使って眞美の現在地を探せる。と告げた。しかしゆかりは、その闘夜の申し出を、大丈夫。と断った。待っていたい場所があるから。と。
 そして一緒に短冊を飾ろう。と、ゆきと闘夜の二人を誘い(闘夜のほうはやや強引に)。三人は公園を後にした。


 銀幕広場で起こった一連の出来事を、清本 橋三はボランティアスタッフとして七夕飾りをしながら見ていた。
 ゆかりと監督の悶着。監督の異変。そしてスクリーンに流れる映画そのものを。
「短冊を一つ、頂けますか」
 そう言って清本のもとへやってきたのは、特設ステージから降りた青宵だ。
「……うむ。七夕の作法は、知っているか?」
 着流しの懐から短冊を取り出し、青宵に渡す清本。同時に尋ねる。ムービースターという様々な世界からやってきた人々が多い銀幕市。七夕の作法を知らない人にそれを教えるのも、スタッフの役目だった。
「ええ。一通りは」
 清本にお礼を言って短冊を受け取り、そう答える青宵。そして何かに気がつき、身体ごと後ろに振り返ってから微笑んで言う。
「おや。もう落ち着きましたか? 可愛らしいFrauline。私は青宵と申します」
 Fraulineとはドイツ語で未婚の女性に用いる敬称。青宵の言葉の先には、ゆかりの姿があった。
「あ、さっきはどうも、ありがとう。えっと、ゆかりです」
 先ほど自分を庇ってくれたシルクハットにタキシードのその姿を覚えていたゆかり。青宵にお礼を言う。
「いえ。大したことはしてませんよ。それに、余計なお節介だったかもしれません」
 ふるふると。首を振ってゆかりは返す。
「ううん。そんなことない。嬉しかったから。ありがとう」
「喜んでもらえたのなら、光栄です」
 一礼して青宵。
 二人の会話が終わったのを見計らって、清本は市民から預けられた短冊の一つを結わえながらゆかりに話しかける。
「先ほどからあの『えいが』を見ておったが……まさか本人にまみえるとは」
 あ。と、ばつが悪そうな顔のゆかり。清本が続ける。
「ずいぶんと荒れていたようだな。知り合いが申しておった。甘味が足らんとそうなる、と」
 言いながら、置いてある荷物の中から胡麻団子をとりだして勧める。
 彫りの深い清本のその顔に、初めはびくりとしていたゆかりだったが、冗談のように口元に薄っすらと笑みを浮かべて団子を勧めてくれた清本に、ゆかりは安心して、勧められた団子の一つを貰った。
「あ、ありがとう。えっと……」
「俺か? しがない斬られ役よ」
 斬られ役。その言葉にゆかりは少し目を伏せる。
「例えば……」
 次々と短冊を結わえながら、清本は続ける。
「俺は『えいが』の中では人斬りの用心棒。そんな悪党がのさばっていては夜もおちおち眠れまい」
 ふっと、小さく笑う清本。
 複雑そうな顔で、ゆかりは清本の話を聞く。
「正義の味方がやっつけてくれるはず。誰かがそう期待したから、俺は斬られた」
 淡々と、清本は話を続ける。
「知り合い曰く、現実の世界はそんなに甘くないのだそうだ。だからこそ『えいが』には想いが詰まっているのだと」
 手を止めて、清本は続ける。
「誰かが、おまえさんの痛みを感じてくれる」
 視線を巡らす清本。ゆかりがその視線を追うと、そこにはゆきがいた。
「誰かが、こんなことは許せないと怒ってくれる」
 青宵。そして闘夜へと視線を向ける。
「『むーびーすたー』であろうとなかろうと、人には本分というものがあってな。思うに、俺たちは誰かに何かを伝えるために生まれたのかもしれん」
 ゆっくりと、ゆかりの後ろを指差す清本。そこには、監督がいなくなった後も上映の続いていた映画のスクリーンのを見上げ目を真っ赤に泣きはらす人々。
「そしてここにはその何か≠受け取ってくれる者がいる。『むーびーすたー』冥利に尽きるとは思わんか?」
 一つの短冊を見つめ、愛しそうに、優しく結わえていく清本。
 淡い瑠璃色のその短冊には達者で暮らせますように≠ニ、ただそれだけが書いてある。
「俺たちの死は意味のないものではない……そう思うのだがな」
 瑠璃色のその短冊をそっと撫でながら、清本はぽつりと、そう言った。


 ぼんやりと、マンションを見上げている少女がいた。
 人目を引く長く綺麗な金髪をそのままパイル地のパーカーに垂らし、同じくパイルのオールインワンから伸びる足はすらりと長い。
 少女はぼんやりとした表情で、もう一時間ほど前からになろうか。マンションの一室をじっと見上げていた。
 そのマンションの一室は、少女の部屋で。少女の名前は眞美といった。
 恐怖から、眞美は家へ帰れないでいた。
 七月六日。七夕の前日。眞美にとって特別なこの日は、眞美の待ち人であるゆかりと約束した大切な日だった。
 曇ってても雨でも嵐でも、何処にいても。この日だけは絶対に逢うと二人で定めた日。
 だから眞美は、家へと帰るのが怖かった。
 ドアを開けた先、ゆかりがそこに居なかったら、自分はそれに耐えれるだろうか。と。
「駄目ね。こんなのじゃ……」
 決意する為に、わざとに声に出して眞美は言う。小さくかぶりを振って、一歩。
「……何をしている」
「――ひゃっ!」
 突然の声に驚いて眞美。高まった鼓動を抑えるように、胸に手をあてて言う。
「……驚いた。貴方は……。お久しぶりね」
 にこりと。自然な笑みで微笑んで眞美は目の前に現れたシャノンに言う。
「あぁ……久しぶりだ。印象が、変わったな」
 ハロウィンの日の眞美を思い出し、シャノンは言う。随分と、柔らかくなったと。
「ふふっ。貴方が言ったのよ。優しくされたいのなら望め、そして他人にもそうしろ。って」
 懐かしそうに、眞美は言う。
「そうだったな」
「あの子みたいにね。笑おうって、決めたの。全然、叶わないけどね」
 ふふっ。と。眞美。
「そういえば。今、銀幕広場に、眞美の映画の監督が来ているらしいな」
「そう……みたいね」
 シャノンの言葉に、視線を逸らして眞美が返す。
「会わないのか?」
 鋭い目で、シャノンは眞美に問いかける。
「……うん。会わない」
 少しだけ考えて、でもキッパリと眞美は言った。一呼吸置いて、だって、と続ける。
「会ったら、何しちゃうかわからないもの」
「ふっ。冗談を言えるくらいには平気、というわけか」
 冗談っぽい眞美の口調に、シャノンが返す。
「本当はまだ、消えてないけどね。でも、大丈夫」
「そうか」
 数秒の間を待って、シャノンは続けた。
「ああ。そうだ、眞美」
 うん? と眞美。
「お前の待ち人を、その広場で見かけたぞ」
「――えっ」
 ドクン、と。一際大きな音を、眞美は自分の心臓に聞いた気がした。
 おかしなほどに、胸が熱い。
 おかしなほどに、鼓動が早い。
「一悶着あって、近くの公園に移動したが、その後はしらん」
「ありがとう。知らせに来てくれたのね」
 シャノンにお礼を言い、すぐに歩き出す眞美。
「七夕か……」
 眞美の姿が消えた後、シャノンは小さく呟くと、再び広場へと足を向けた。


 眞美が実体化している。
 そう聞いたときから、ゆかりには不思議と確信があった。
 きっと、あの場所で待っていれば、眞美ちゃんは来てくれると。
 そんな確信があった。
 銀幕広場に並んだいくつもの笹。その一番隅の笹の前に、ゆかりはしゃがみこんでいた。
 二人が出会った時の光景も、場所は違えどそんな笹の前だったのだ。 
 だからきっと、ここにいれば。
 どれくらいの時間だっただろうか。隅の笹の前でしゃがみこんでいたゆかりに、不意にその声は掛けられた。
「はい。探し物」
 振り返るまでもなく、ゆかりには分かっていた。
「眞美……ちゃん!」
 差し出された短冊も。待ち望んだ人の顔も。何もかもが涙で見えない状態で、ゆかりは眞美の胸に飛び込んだ。
 はらり。眞美の手から短冊が落ちる。
「ゆかり」
 愛しそうに、その名前を返す眞美。
「き……っと、きっと……逢えるって思ってた」
 言葉に詰まりながらゆかりは言う。
「勿論。だって……」
 涙声で微笑みながら、眞美は自分の胸、心臓の辺りをトントンと指先で叩いて言う。
「――ここにゆかりが」
 そして今度は、その指先をゆかりの胸に持っていって、トントンと同じ仕草で。
「――ここに私がいるんだもの」
 お互い見合って、涙で笑う。
 そして同時に声をあげて泣き出す。
「うぁぁぁぁぁぁぁ」
「わぁぁぁぁぁぁぁ」
 くしゃくしゃの顔で、お互いを強く強く抱きしめる。
「ゆかりぃ。逢いたかった。逢いたかったよぅ」
「……うん。うん!」
 何度も何度も眞美はそう告げ、何度も何度もゆかりは頷く。
「ずっと、ずっと待ってたんだからぁ」
 叫ぶように、眞美は言う。
 ハロウィンの日。あの日に二度目の別れを告げてから。ずっと。
 眞美はこの日を待っていたのだ。
「……うん。ずっと、一緒にいようね」
 二度の涙を経て、三度目のその涙も。きっとそれは。
 宿命られた涙だった。




 星に願いを。


 涙の収まった眞美とゆかり。二人は短冊にその願いを書いていた。
『7月7日が晴れますように』
「やっぱり、これなの?」
 可笑しそうに、眞美が言う。
「うん。織姫と彦星、二人にとっては一年で一度しか逢えない特別な日だから」
 夕暮れの空を見上げて、ゆかり。それに……。と続けて言う。
「他の願いは、これから一つずつ、全部。叶えていけばいいから」
 眞美を向いて、ふにゃっと笑ったゆかり。
「……」
 じわり、と。収まった涙が込み上げてくるのを眞美は感じる。
「……。そうね」
 ぐすっと、指の背で涙をとどめながら、眞美。
「みんなに、お礼を言わないと」
「そうね、行きましょう」
 お世話になったみんなにお礼をと、二人は歩き出す。


 ――ザッ。
 砂音に、清本は音のした方向へと顔を向ける。
「おまえさんたちか……。短冊はもう、飾ったのか?」
 眞美とゆかりの二人に向かって、清本は言う。
「ええ」
「あの、ありがとう」
 ゆかりに倣って、眞美も清本に続けた。
「俺は、何もしておらんよ」
 清本の言葉に、ゆかりは首を振って言う。
「ううん。あの言葉に、私は、私達は救われたから」
 一呼吸置いて、笑顔でゆかりは続ける。
「だから、ありがとう」
「……そうか」
 こくりと。頷いて清本は返す。
 歩いていく二人の背を見つめる清本。ゆっくりと目を閉じ、再び開いた目でいくつもの短冊に紛れた一つの短冊を見る。
 淡い瑠璃色の短冊。
『達者で暮らせますように』
 数秒間。そして短冊から暮れの空へと、清本は視線を移す。
 場所は違えど、きっと同じ空。
 とびきり夏の似合う、あの娘も、今頃同じ空を見上げているのだろうか。と。
 緩んだ口元で。
 そっと清本は、微笑んだ。


「やっぱり貴方、いい人ね」
 眞美のその言葉に、なんとも言えない複雑な表情で闘夜は眞美を見る。
 にやにやと。その後ろで鬼躯夜が笑っている。
「ごめんなさい、なんだか……」
 小さく笑って、眞美。そしてゆかりと二人で。
「ありがとう」
 そう、お礼を言う。
「……自分の為に、やっただけ」
 ぽつりと言った闘夜の言葉に、二人ははてな顔で返す。
 説明するのが面倒だった闘夜(恐らくする気もなかったが)。無言で一つの短冊を指差した。
『何事もない平和な一日を体験してみたい』
 飾り気のない真っ白な紙に、そう書いてあった。
「……これ、貴方の?」
 こくりと首を縦に振った闘夜に、堪えきれずに眞美が笑う。だめだよ、笑っちゃ。そんな風にたしなめるゆかりも、明らかに笑いを堪えていた。
 性質的に120%不可能だな。と闘夜は理解していたが、書かずにはいられなかったのだ。それほどに、切実だった。
「あははっ、おかしい。普通、こんな事書かないわよ。こんなお願い事を書く時点で、貴方にはきっと……あら」
 ひらりと、風で揺れた短冊の裏側に、眞美はそれを見た。
『もっと騒がしくて楽しい時間を過ごせますように』
 明らかに筆跡の違う、でかでかとそう書かれた願いは、闘夜が短冊を飾ってからこっそりと鬼躯夜が書き込んだものだった。
「貴方、なにか憑いているのかもしれないわね。騒がしくて、楽しい何か」
 冗談っぽくそう言って、眞美とゆかりは歩いていった。
 鬼躯夜が見えないはずの眞美なのに、と。闘夜は不思議そうに眞美と鬼躯夜を見ていた。


「ありがとう」
 眞美とゆかりのその言葉に、青宵は先ほどと同じ言葉を返した。
「喜んでもらえたのなら、光栄です」
 優雅に一礼して言う青宵の姿に、二人はにこりと笑って同じく返す。
「短冊は、もう飾ったの?」
 そう言った眞美の言葉に、ええ。と青宵は返す。
「ほんの、ささやかな願いを」
「叶うといいね」
 返すゆかりの言葉に、微笑んで青宵は答える。
「きっと、叶いますよ」
 私たちも祈ってます。そう言った二人の言葉に、青宵は小さく笑う。
「それは、何よりも心強い」
 二人が去った青宵の後ろ。椿のアクセントが描かれた短冊が小さく揺れていた。
『二人の幸せを』
 それは青宵の短冊で、二人というのは眞美とゆかりのことだった。
 青宵自身に、七夕の願いは特に無かった為、青宵は二人の幸せを願ったのだった。
 だから先ほどの会話を思い出して、青宵はその小洒落たおかしさに笑みを漏らす。
「ふふ」
 眞美の腕を取り、寄りかかってその腕に頭を預けるゆかり。それを見て微笑んでいる眞美の横顔。
「きっと、叶いますね」
 そう、青宵は呟いた。


 折角の七夕なので、届くかどうかは分からないが祈るだけはしておこう。とシャノンが広場へと戻った時、そこには眞美とゆかりがいた。
「会えたようだな」
 二人に近づいてシャノンが言う。
「おかげさまで。ありがとう」
 シャノンに気がついた眞美と、事情を聞いたゆかりがシャノンにお礼を言う。
「そちらの道を、選んだようだな。まぁ当然といえば当然だな」
 ゆかりを見て、シャノンは言う。
「……うん。この道を、作ってくれてありがとう」
「いや。それは元からあった道だ。俺はほんの少し手伝っただけに過ぎない。その道を選んだというのは、きっとお前達それを望んでいたということなのだろう」
 言いながら、笹に短冊を飾るシャノン。黒い短冊。いくつもの銀の星がアクセントが描かれたその短冊には、白い文字でこう書いてあった。
『大切な者達が幸福な日々を送れるように』
「俺も……そうだな」
 うん? と返す二人に、なんでもない。と言って空を見るシャノン。
 幸せを掴み取れるだろう道か。
 それとも破滅へ向かう道か。
 どちらの道も、確かにシャノンにとっては大切な道だったのだ。
 それでも今は……。
「どう……したの?」
 シャノンの雰囲気に、心配そうに眞美が言う。
「……いや。なんでもない」
 答えたシャノン。そうだな。と続ける。
「祈り忘れたことがあってな」
 飾った短冊を手に取り、そこにもう一つ付け足す。
『商売繁盛』
「――もうっ。心配して損したわ」
 呆れ顔で、眞美は言う。でも次の瞬間には楽しそうに笑って、ゆかりと一緒に歩いていく。
 それでも今は……。
 もう一度空を見上げ、大切な者達の笑顔を思い浮かべるシャノン。
 そして小さく笑って。その場を後にした。


「本当に、よかったんじゃよ」
 眞美とゆかりの二人を見て、ゆきは自分のことのように嬉しそうに言った。
「ありがとう。あの時手を引いてくれたから、私はこうしていられる」
 お礼を言うゆかり。
「今なら、胸を張って、きっぱりと言える」
 そう、続ける。
 はてな顔で返すゆき。
「この街は、いい街だね」
 幸せそうに言ったゆかりの笑顔が、ゆきには嬉しかった。
 その笑顔が。
 人々の笑顔が見たいから、ゆきは頑張れるのだった。
 にこりと微笑んで、ゆきは言う。
「幸せは、嬉しいんじゃよ」
 そっと、上のほうに視線を向けるゆき。
 そこには桃色の和紙にこう書かれてる短冊が飾ってあった。。
『みんなが幸せでありますように』
 ゆかりの幸せ。眞美の幸せ。みんなの幸せ。
 ゆきが望むのは。
 全ての人々の、幸せだった。

クリエイターコメントこんにちは。依戒です。

まず最初に。ご参加下さったPLのかたがたに。
眞美、ゆかり。そして私。
心よりの感謝を。

みなさまの二人を想ってくださったプレイングのおかげで、二人は無事に巡り逢うことができました。

若干、NPC達がでしゃばりすぎてしまった感もあるのですが、みなさまの素敵な行動のおかげで、眞美とゆかりのふたりはこんなにも幸せになれた。という描写ということで、どうか……。

ええ。例の如く、語りたい事がやまほどありますので、よろしければブログの方へあとがきを綴りますので、ご覧になってみてください。

ここでは一つだけ。

仕様変更の影響もあるでしょうか。
こんかい、PLのみなさまのプレイングが、どのかたもほぼギリギリの字数まで書き込んできてくださいました。
心打つ言葉、行動。
シナリオの流れを考えているのが、とても楽しかったです。
素敵な時間を、ありがとうございました。

それでは、シナリオに参加くださったPLの方々、シナリオを読んでくださった全ての方が、ほんのひと時でも幸せな時間だと感じて下さったならば。
なによりも私は、その事を嬉しく思います。
公開日時2008-07-06(日) 20:20
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